ごりっぱ店長 山上智
ナレーター。ベルベットオフィスにて2005年TBS「ゲンセキ」でデビュー。出演歴NHK「めざせ2020年のオリンピアン」TBS「ドリームマッチ」など。
バーズ設立メンバーとしてクリエイター・講師で参加。
2018年に両社を円満退社しごりっぱスタジオを設立。ボイスサンプル制作5000枚以上。
もうちょっと店長のことが知りたいというあなたはこちらをお読みください
大長編new beginning物語
15年間勤めた前職から独立させていただき、ごりっぱスタジオを設立し生き抜くこと7年間。迎えた今年2025年は、それまでの苦労を凌ぐ勢いでジタバタジタバタもがいてきた1年でありました。
ご存知の通りナレーターの主戦場であったテレビはマスコミの王者から陥落、AIナレーションは信じられないスピードで進歩していきました。
あまつさえNHKは率先してAIアナウンサーを採用し、民法テレビ局はというとテック企業と手を組み、とうとう「番組特化のAIナレーションシステム」まで作るというのでありました。
一方SNSでは、ナレーター業界の最前線に20年間いる僕でも聞いたことのない『業界人』が跋扈し、これまた微っ妙なナレーター志望者が、内容も何も提示してない微っ妙〜な仕事に釣られては右へ左へ。
ちらっとみただけでも「消防署の”ほう”から来ました話法(あたかも消防署員であるかのように勘違いを誘発するような言い方をしてるけど”嘘はついてない”から反論しづらい)」などを使っていることから、「鬼チョロビジネス感」が、なんかもういたたまれない気持ちにさせられる。
なんちゅうこっちゃ‥‥
ナレーターの「終わりの始まり」なのではないか‥
いやだ。
どうしても嫌だ。
こんなに大好きで、最高の芸能文化の一つとまで思っているナレーションの灯が消えるかもしれないってのに、黙ってみてていいのか。
さらに、時代に弄ばれ苦境に立たされている(ように見える)いわば同僚ナレーターたちだって、さらなる助けが必要なのではないか。
ナレーション業界の元老たちは、考えがあるのだろうけど、特に何かの働ききかけ等をしているようにも見えないし…
そう考えた僕は、半ば使命を帯びた気持ちでボイスサンプルや売り込みをさらに工夫を凝らし、積極的に教え、日本中にワークショップで出かけるようになりました。
しかしー。
スタジオでも出張ワークショップでも、オタクの僕が教えると「高度すぎて、教えれば教えるほど、ナレーションの面白さよりもむしろ難度だけが伝わってしまう」というジレンマに陥っていくのでありました。
あれ…?パズルって解けないから面白いんじゃないの‥‥??「わからない」って前フリが効いてるからこそ、乗り越えた時に感動するんじゃないの‥‥????
そんな空回りに消耗し切っていたある日。
あるユーザーから、突然こう言われたのでありました。『山上さんは、進撃の巨人で言うとハンジさんですから』と。
ーはい?
僕の自認ではエレンであらねばと思っていました。主人公でいたいというのではないですよ、たとえば「青臭いことでも真剣に言って、曲がったことは黙ってられない厨二病。負けると分かっていても、人の迷惑を顧みず突き進んでいく」です。
そんなエレンの怒りとひたむきさにパワーをもらい、だからこそ2025年は自ら業火に飛び込んだりもしてきたのです。
そのユーザーは続けるのでありました。
『エヴァで言うとマリ』
ーな?!
『もののけ姫で言うとシシ神』
ーなななななな……
『ファーストガンダムで言うと』
ーハ、ハロとかかな?まさかカツ、レツ、キッカじゃ‥‥
『ホワイトベース』
ガビーン。
なんちゅうこっちゃ。
最後のやつは生き物?ですらないし。
その夜僕はヘナヘナと腰から砕け落ちてしまいました。本気で、ナレーターにとってのミサトさんかエボシ様のような存在であらねば、と突き進んできた7年が……
ハンジ、マリ、シシ神ー。
僕の認知からすると「物語を進めるために作者がやむなく出したようにみえてしまうくらいデフォルメの強い”変人”キャラ」しかも「浮世離れというか、主人公たちとはどこか異なる時空を生きているキャラ」です。当事者たれと自らを鼓舞してきた僕の真逆ではありませんか。
「主人公とは異なる世界線で、異なる目線を持って何かに熱中・没頭?しているらしく、大事なことも知ってたりするっぽいけど、教えるというよりは、ただ普段通りに生きてると、自分でも知らない間に主人公たちのステージをあげるきっかけになってる【触媒】のような者」
自分の目指してきたところと違う有り様を示され、激しく動揺すると同時に、とはいえ、言われてみれば実は思い当たるフシばかりが凄まじいスピードで脳内にフラッシュバックするのでありました。
ナレーションオタクすぎて、もう何度も聞いているボイスサンプルなのに、毎度初めて聴いたかの如くキャッキャ膝を叩く僕と、ポカンとするプレイヤー。
収録中、プレイヤー本人が思ったプレイができなかったと気を揉んでいる傍らで『だから良いんじゃない!今この一瞬ここでしか出なかったプレイ!最高!』と岡本太郎みたいに目を見開いてる僕ー。
肩を落として「昨日、長年守ってきたトトロ童貞をついに捨ててしまったのです」とトトロの感想を長時間語り尽くした挙句「そんなわけでカンタの婆ちゃんグッときたから、大本番までの1週間で物真似よろしくです」と据わった目で演出を告げる僕ー。
そうして練習してもらったプレイを一瞬の逡巡もなくカットして、だからといって新しい指示も特にせず「これが違うってことはわかったのでねー」などと、あっさり次の話題を始める僕と、顔面蒼白なプレイヤー。
あかんやん。
そのままやん。
クレイジーすぎる。
自らの20年間を想い返し再びヘナヘナと崩れながら水底まで落ちていったのでありました。
しかし振り返ってみれば、そんな風に心を探究心でいつも満たしていることで、巡り巡ってナレーターに何らかの影響を与えてもいたバタフライエフェクト。
しかしー。
そんな僕のクセの強さ・アクの強さを、苦手に感じてしまわれるユーザーは今でも少なくありません。
ナレーターとして生きる上での様々な価値観を「成果・安全・協調・自由のどれか」と訊かれれば、僕は真っ先に自由を選びます。
【自由→変化→そして可能性へ‥‥!】という冒険みたいなストーリー展開がもっともわかりやすいビジョンだと感じているからです。
(可能性が巡り巡って安全や成果をもたらすと考えているからです)
ですがこの冒険思考が、安全や成果を大切にされている方々にとっては、先にリスクや遠回り感が重くのしかかってしまうということが、最近になってようやくわかってきたように思います。
一方、初対面での収録だったのに『自分でもまさかこんな声を出せると思ってなかった、ごりっぱを選んで本当に良かった』と、自信と希望に満ちた顔で帰ってくださる方もいます。
それどころか日本中から、わざわざ飛行機や新幹線に乗って声の表現者たちが訪れてくださっているその本当の意味を、8年目の今、ようやく気がついたように思いました。
これまでプレイヤーたちを叱咤するため吐いてきたセリフが、鏡写しに自分に跳ね返ってきたのでありました。
「だから良いんじゃない!」
「変な山ちゃんの前でなら、自分の知らない自分に出会えるかもと信じられたんです!」
エレンというロードマップを失い、さなぎの中でゲル状になって苦しんだ数日を経て、8年目の開店記念日がやってきました。
そして公式サイトをリニューアルに伴い、2026年からのスローガンとしてごりっぱスタジオは「Be new beginning」を掲げます。
ちなみに僕は英語がまったくできないので文法が合ってるかどうかすら知りません。でもいい。Appleの『think different』だって文法的には正しくないらしいし。そもそもそんなことは「ムーミンパパって普段は裸でいるくせに寝る時だけなんでパジャマ着るのか」って問うようなものであります。「気にはなるけどどうでもいいこと」です。
Be new beginningは、ナレーターたちへの、それまでのステージから一段上に上がる「新しい始まりであれ」という”祈り”であり、
今まで以上に自らのナレーターオタクを生かしていく方針を決めた、ごりっぱスタジオの朝を告げるラッパであります。
その音色は、エレンを後押しする勇ましい進軍ラッパではなく、パズーが吹く「少年とハト」のように、どこまでも自由で凛とした、わくわくする音色でありましょう。
で、新しいごりっぱになって、どんなボイスサンプルを作るかって?
そんなの決まってるじゃないですか。
それはもう‥‥最高に滾るヤツをだよ!